2008年 09月 01日 ( 1 )

玉川の役割

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倉吉のまちは、
1750年の大火で22町700軒が焼失した。

まちの人は、大火の際の教訓を生かし、
玉川を整備し、玉川沿いに蔵を建てることで、防火壁をつくった。

その後、部分的にな火災にあるものの、
まち全体が全焼するような火災にはあっていない。

何気なく眺めている玉川であるが、
まちのために大いに貢献しているのだという視点で見ると、
また違って見えるから不思議である。



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by st202_20040613 | 2008-09-01 20:46 | 成徳地区