2007年 03月 22日 ( 1 )

倉吉市役所の記念碑

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写真は、倉吉市役所建築の経緯を記す記念碑と、打吹山である。

記念碑を通じて、当時の人がどのような思いでひとつの事業を成し遂げたのかを伺うことができる。

市役所本庁舎は、約50年前の昭和の合併のシンボルであった。
地元出身の中央の建築士に設計を依頼し、当時の10億円の資金を調達し、完成した。
建物は、力強さに満ちており、完成した市役所本庁を目の当たりにした市民は、倉吉の新たな景観をよろこんだであろう。

合併をすることで、「おなじまちの人間」という仲間意識が生まれる。
平成の大合併を契機に、関金町のことをずいぶん勉強したし、よく遊びに行くようになった。
関金町の知人もずいぶん増えた。

昭和の合併においても、いっしょにまちをつくっていこうという気持ちがひとつになり、市役所本庁舎の建築という大事業を成し遂げることができた。

「遥かなまち倉吉」はその時代にふさわしいものを創造し、後世に残している。


今後、市内に点在する記念碑や看板などを、記念碑・看板シリーズと題し、「遥かなまち倉吉」について記述していきたいと思う。

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昭和二十八年十月一日市制実施 倉吉町 上小鴨村 北谷村
高城村 社村 西郷村 上井町 上北条町 灘手村の一部即ち
寺谷上神を合併し倉吉市として発足昭和三十年五月一日残る灘
手村を合併して人口52669人となった 時に新市庁舎建設
の議が熟し本市の中央部である打吹公園の一角を適地と選定し
ここに建設事業の発足をみた
郷土出身斯界の権威者東京大学教授岸田日出刀博士および同大
学助教授丹下健三氏の設計により国内に誇る屈指の風格をもつ
た近代建築が完成した 周囲大自然の環境に囲まれ全体に日本
■■にみる伝統が強勁に表現されているのは本建築の特徴であ
る 茲にこの碑をたて庁舎建設を永く記念する
  昭和三十二年九月 倉吉市長 早川忠篤 岩垣翠城題

(なお、わからない文字は■で表示)

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by st202_20040613 | 2007-03-22 22:37 | 赤瓦・白壁土蔵群